2019年11月12日火曜日

Yaman Dede Camii (ヤマン・デデ モスク)

こんにちは、皆さん。

今日私たちはカイセリの歴史的なモスクを紹介しようと思います。


(Yaman Dede Camii)

まず、Yaman Dede という男を紹介します。彼は1887年にカイセリに生まれて、クリスチャンのギリシャ人の家族の子供でした。実名は「Diamandi」(ディアマンディ)で、高校生の時に自分でイスラム教を学びました。特に「Mevlana」(メブラーナ)という偉い先生の教えに影響されて、こっそりイスラム教徒になりました。大学で法律の教育を受け、法律家になりました。でもイスラム教徒でしたから、クリスチャンの家族と問題がありました。その理由で法律家を辞めて、ペルシア語の先生になりました。

いま、Yaman Dede モスクはお祈りの時間だけ使われているから、その時間に開いています。お祈りの時間は町によって違いますから、行く前にこのサイトからカイセリの時間をチェックしてください。

http://www.namazvakti.com/Main.php?WSLanguage=JA

Yaman Dede Camiiはオスマン帝国の王Abdulhamit IIの支持と許可を得て1886年に教会として建てられました。1923年のギリシャとトルコの住民交換でこの教会の管理下にいるイスラム教徒の人数が増えたことが理由でモスクが必要になり、1925年にモスクになりました。


(Yaman Dede Camiiの中)

教会ある時、教会名前は「パナヤグリーク教会」です。パナヤの意味は聖母です。1925年にモスクになったあとで名前はYeni Zafer Camiiになりました。2006年にYaman Dede Camiiになりました。

(入口)

上の写真は最初の入口です。

(Yaman Dede Camiiの庭)


(アーチ)

最初の入り口を入って庭を抜けたところにあるモスクの入口には3つのアーチがあります。

(彫刻版)

中央アーチにある彫刻版にキリル文字が書かれています。この彫刻版の右と左には、この彫刻版を保護する天使像があります。これらの彫像の翼と頭は壊れていますがまだ残っています。これらの彫像にはオリーブの枝も見られます。

(入口のドア)

入口にあるドアの上に葡萄のレリーフがあり、横の柱には梅、アプリコット、苺や、バラ、ザクロのレリーフがあります。

(二階)

二階は女性用に割り当てられていて、尼僧が崇拝と、倉庫として使うために二つの部屋が作られています。三階には二つの鐘楼があります。円頂で十二の窓があります。

(二階)

(窓)

この十二の窓はキリストの十二使徒たちに基づいています。いつのことか分かりませんが、モスクの中に像を置くことはできないから、この窓の上にある天使像が取り外されました。

Yaman Dede はクリスチャンからイスラム教徒(ムスリム)になって、建物は教会からモスクになったから、面白い関係があると思いました。ですから、皆さんカイセリに来たら、行ってみてくださいね。



バルシュ、ドーアン、ナイム

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